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非水百花譜 |
ヒスイヒャッカフ |
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杉浦非水
幻の草花写生図集『非水百花譜』
80年の眠りを経て遂に発刊!
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日本のモダンデザインの旗手といわれ、
商業美術という新たなるジャンルを確立させた杉浦非水――
日本画を素地とするすぐれたデッサン力に、
アール・ヌーボーなどの先進的なデザインを加味した独自のデザインを生み出した。
日本のグラフィックデザインの先駆者、杉浦非水 渾身の作品集、遂に復刊――。
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| ■著者: | 杉浦非水 |
| ■ISBN: | 978-4-270-00379-4 |
| ■定価: | 2940円(税込) |
| ■刊行日: | 2008/07/09 |
| ■版型: | B5並製 |
| ■ページ数: | 184ページ |
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杉浦非水
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1876年愛媛県松浦生まれ。
1901年東京美術学校(源東京藝術大学)日本画選科を卒業。
当初日本画家を志したが、東京美術学校在学中に洋画家、黒田清輝と出会い、
氏からミュシャを初めとするアール・ヌーヴォーのデザインを知って感動、
図案家(グラフィックデザイナー)に転向する。
同校卒業後大阪三和印刷所図案部主任に就任、翌年同図案部解散のため退社。
この頃から雑誌表紙でアール・ヌーヴォーを意識したデザインを発表、話題を集める。
1905年東京中央新聞社に入社。
1908年三越呉服店の嘱託デザイナーとなり、『みつこしタイムス』の表紙を手がける。
1910年同社図案主任に抜擢され、中央新聞社を退社。
1921年日本美術学校図案科講師。
1924年創作図案・ポスター研究団体『七人社』を結成し同年第一回の展覧会を三越で開催。
1929年帝国美術学校(現武蔵野美術大学)図案科長に就任。
1934年三越を退社。
1935年同盟休校事件によって同校を辞任、多摩帝国美術学校(現多摩美術大学)の創設に参加。
同校の校長・図案科主任を兼任。
1955年芸術院恩賜賞、1958年紫綬褒章、1965年勲四等旭日小綬章、同年8月18日没。
杉浦非水は日本のグラフィックデザインの黎明期より活躍しその基礎を築き上げた一人として重要であり、
タバコ『日光』『桃山』も彼の手になった。しかし本書『非水百花譜』は
1920年―1922年にかけて製作され出版、その後編成を変え1929年―1934年にわたって再刊された、木版画である。
妻、杉浦翠子(1885―1960)はアララギ派の歌人、旧制岩崎。
福沢桃介(実業家、福沢諭吉の養子)は兄にあたる。
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